後楽園

  山陰を旅する

 2017,11,29

 山陰にカニを食べにぶらり旅。

 途中の岡山で下車して、後楽園を見学した。駅前からバスに乗る。

 後楽園は、日本三名園の一つだが、金沢の兼六園と比べると、スケールは小さかった。

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 竹久夢二の「宵待草」の歌碑が後楽園の前にある

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 手前の広場には美しい紅葉
若い二人連れの女性が撮影した後、こちらもパチリ
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 さざんかの花って、こんなに大きかったかな?
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 古民家風の建物が奥にあったが、時間の都合で割愛する
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 小高いところには展望台があるようだ
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 池が広がっている
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 見事な石組みの大立石(おおたていし)が立つ
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 私のお気に入りの場所はここ、「花葉(かよう)の池」です
 赤と黄色の葉が散りばめられ、それが池にも映り込んでいる
 陽光に照らされていれば、とても美しい眺めだと思う
 解説板によると、池には園内の曲水と沢の池から導かれた水が滝となって注ぎ、木橋と大立石が美しい景色を作る。夏には花蓮「一天四海」が咲くという

 小雨が降る中、園内を歩いた後、昼食の場所を求めて、繁華街へと歩く
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 ようやくたどり着いた有名な店でいただいた玉子とじかつ丼は、なかなかのお味だった

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# by rockyj | 2017-12-08 09:39 | Comments(2)  

わろてんか

  朝ドラが面白い 
 2017.11.15(水)

  NHK大阪局が制作している連続テレビ小説「わろてんか」が好調だ。吉本興業の創業者の吉本せいをモデルにしたドラマだ。

 10月2日(月)にスタートしてから、ほぼ毎週、20%の視聴率を記録している。朝の8時台は、民放各局がワイドショーでしのぎを削っている時間帯だが、20%の視聴率は、よく頑張っています。

 ドラマの主人公の藤岡てんは、京都の薬種問屋「藤岡屋」の長女という設定で、旅芸人の北村藤吉と出会う。てん役には、2378名の中から葵 わかなが起用された。彼女は2009年にスカウトされ、これまでに「サバイバルファミリー」や主演した「ホラーの天使」など4本の映画にも出演しているという19歳で、笑顔が愛くるしい。

 北村藤吉役は松坂桃李(29歳)で、彼は大阪・船場の米問屋の長男坊。結局、旅芸人をやめて、てんを連れて、大阪の店に戻る。てんは父親から勘当を言い渡される。

 藤吉の母、啄子(つえこ)を演じるのが、鈴木京香で、徹底的にてんに対して、鬼の姑(しゅうとめ)として、きびしくしつけていく。

 はじめのみどころは、この鈴木京香の嫁いびり、実際には母親はてんを嫁としては認めずに女中待遇をするのだが、商売の基礎を教え込んでいく。てんはこれに対して、笑顔で忠実についていくというあたりだろう。

ある日、てんの母親、藤岡しずが北村家を訪れた。着物姿もあでやかで、美しい鈴木保奈美が演じている。つえこは母親はきっとてんを連れ戻しに来たと思ったが、そうではなかった。

 しずはつえこに次のように話した。

 「若い二人は半人前同士。補い合って一人前。結局のとこ、やっていけるかどうかは二人しだい。親にはできることとできひんことがあるということです。」

 そして、しずは病弱で早世したてんの兄、新一のことを話して、
 「信じて見守ってやることが親の務めやありまへんか」と続けた。

 そして、「どうかあの子を一人前のごりょんさんにしてやってください。それでも使いもんにならへんかったら、煮るなり焼くなり、河原に捨ててもろうてもかましまへん」と話した。

 この鈴木京香と鈴木保奈美の対決のシーンは圧巻だった。

 しずはてんに白装束の着物を渡して、

 「いったん嫁いだら,妻は何があっても夫と墓場まで添い遂げる。その覚悟で死に装束を持って
嫁げいうことどす」と言って帰っていく。

 米問屋は、経営不振となり、店をたたみ、藤吉親子とてんは芸人長屋に引っ越していく。そして、藤吉とてんは芝居小屋を作ることをめざしていく。

 ストーリーの展開が早く、大阪の芸人の演技もオーバー気味で、いかにも大阪の女性たちに好まれるドラマになっている。

 再放送のほか、1週間のダイジェスト放送も日曜日のAM11:00~11:20、2chであるから、見逃しても大丈夫だ。

 これから、どういうふうに話が展開していくか、楽しみだ。

※文中の会話などは、『わろてんか 上』(NHK出版)より引用した。

 

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# by rockyj | 2017-11-15 10:47 | Comments(0)  

ラジオ深夜便

  『定年後』の著者、楠木 新さんの話 
 2017.11.8(水)

 『定年後』という本がベストセラーになっていて、21万部も売れているという。

 11月4日の午前4時からの「ラジオ深夜便」(関西発)に著者の楠木新さんが出演して、中村宏アナがインタビューした。

 「定年後、イキイキと」というテーマで、著者の肩書は、人事キャリアコンサルタントと紹介された。

 楠木さんの話は、なかなか面白かったが、ベッドに寝たままで聞いていたので、うろ覚えのところもあった。そこで、後日、楠木さんのblogや毎日新聞の連載記事をWEBで検索して、楠木さんとこの本について、知識を取り入れたので、紹介したい。

 著者は1954年の神戸生まれで、京大卒。大手生命保険会社に入り、人事・労務関係を中心に、経営企画や支社長を経験する。会社組織と働く人との関係をテーマに取材し、執筆している。

 『定年後』という本を出版したきっかけについて

 ・阪神淡路大震災では、娘の友人が亡くなった。この時、自分だけが安穏と会社で働いていていいのかと、疑問をもった。しかし、働き続けた。

 ・47歳のころ、営業本部の筆頭課長に異動することになった。脚光を浴びる、会社の中枢の仕事だが、異動して一カ月半ぐらいでダウンしてしまう。面白くもない仕事に時間を費やしていいのか、ということと、さらに上の職を目指したいということとの葛藤のためだった。一気にエネルギーがなくなり、「うつ状態」と診断される。

 ・2ヶ月くらいで復職し、平社員として働き始めるが、翌年4月、営業の課長職になると、再び体調を崩してしまった。休職したのは合わせて1年くらいだったが、2年半くらい、しんどい時期を過ごす。

 図書館や書店、スーパー銭湯などに通ったりした。会社を離れたときに、退職後、自分はどうすべきかを初めて意識したという。

 ・その時から、定年退職した方々を訪ねて、話を聞くようになっていく。会社の先輩だけでなく、雑誌に掲載された人も訪ねる。次第に口コミで情報が入ってくるようにもなり、これまでに150名
の人々から話を聞いてきた。

 ・その話を朝日新聞のコラムに掲載するようになった。また、在職中にいくつかの著作も出版している。

 『定年後』という本

 私はまだこの本を読んでいなくて、図書館に予約をいれているところだ。

 著者が取材した人々の中から、読者の参考になるケースを紹介していると思われる。

 著者は、定年後のギャップ(段差)を埋める作業をしなければならないという。会社を離れてしまうと、①仕事、②人間関係、③スケジュールの3つが無くなってしまう。

 自分の居場所や行き場を見つけていかなければならい。

 そのためには、50代頃から、定年後に向けての準備(助走)をすることが大事だと説く。定年後のお金や健康についてのガイダンス本はたくさんあるが、定年後の生き方についての本は少ないという。

 確かに、私自身も生きかたについての本を読んだ覚えがないのだ。

 著者は、社外に身を置く機会を持つことを勧めている。〇〇研究会などに加わり、学ぶことや、大学の聴講などもいい。自分で見つけていく。

 著者は、60歳から75歳までを「黄金の15年」と呼んで、この期間を輝かせるか、どうかが大事だと説く。1日の自由時間を11時間とするならば、15年間は8万時間になるという。

 8万時間をあなたはどのように過ごしていきますか?

 私の定年後の生活
 
 私の場合、3月末に60歳で定年を迎えたが、4月から再就職する道はなかった。一般の教員の場合には、再雇用の制度はあったが、管理職の場合は、当時はまだ無かった。現在は、管理職についても、再雇用の制度がある。

 したがって、「毎日が日曜日」という生活が、4月1日から始まったわけだ。しばらくの間は、平日の昼間に近所を歩くことが、とても恥ずかしかった。なぜならば、現職時代には年休をとって、平日にぶらぶら過ごすことは、ほとんどなかった。せいぜい春休みや夏休みの期間に自宅にいることはあったのだが。

 そこで、とにかくはずっと自宅で過ごすという生活から、外に出て行く生活を取り入れようと考えた。

 一つは、地元にある大学で開かれている公開講座を受講することにした。あとは家人が参加していた日帰り登山に一緒に参加させてもらうことだった。女性だけの5人ほどのグループで、始めは居心地が悪かったが、次第に慣れていった。とにかく登山では体をしっかり動かさなくては登っていけない。そして、この時期に、岸和田のスポーツ店の社長が主催している登山クラブに加入することになる。

 ここから、登山がその後の私の趣味となっていき、日本百名山の全山踏破を昨年の10月に達成することにつながっていく。

 6か月、気ままな生活を過ごしていたときに、先輩ヵら『働いてみないか』と声をかけられて、大阪市教育振興公社の仕事を紹介されたのである。

 結局、それから6年半にわたって、大阪市内の小学校で、放課後の児童たちのお世話をする嘱託指導員の仕事をすることになった。「いきいき」という名称の組織で、指導員が15名ほど登録していて、毎日の勤務の割り振りと出勤簿の管理などを担当する仕事だった。

 この8月で75歳を迎えたから、私の「黄金の15年」は峠を越えた。振り返ると、再就職で、外の世界とつながる生活を送ることができ、仕事をすることに生きがいを感じることができたと思う。

 また、登山が定年後の趣味となり、九州から北海道まで、いろいろな山に登ることができ、自然の美しさ、また厳しさも体験することができたことは、大きな喜びだ。



 

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# by rockyj | 2017-11-08 12:36 | Comments(0)  

今、見て驚いたニュースはこれだ!

  ハワイからタヒチ島に向かうときに遭難したヨット、救助される  
 2017.10.30

  先ほど、といっても午後9時半を過ぎているのだが、インターネットでYahoo!のニュースを見ていたら、びっくりするようなNEWSが目に飛び込んできた。

 AP通信が伝えたところだが、5月下旬、ハワイからタヒチ島をめざして、ハワイ在住のジェニファー・アッペルとタシャ・フィアバの二人の女性は、愛犬2匹とともにヨットで出航した。ところが、5月30日に嵐でエンジンが故障する。帆走でタヒチに行けると判断して、航海を続けるが、漂流する。

 10月25日、日本の南東1,448kmで台湾の漁船に出会った。漁船からアメリカ沿岸警備隊に救援の連絡が入り、アメリカ海軍に伝えられた。

 アメリカ海軍は、近海で訓連中の佐世保基地所属のドック型揚陸艦「アッシュランド」を救助に向かわせた。

 テレビの報道によると、二人は沖縄の基地に愛犬2匹とともに元気に着いた。

 「2匹の犬がいなかったら、こんな過酷な漂流生活は、乗り越えられなかった」と救助された一人は語っていた。

 ふたりと2匹の犬を漂流生活から助けたもの、それは海水を真水にする装置と、乾燥米とパスタなど1年分の備蓄食だったという。

 海水を真水にする装置が実用化されている。これは驚きだった。そして、これはほかのNEWSで知ったのだが、ふたりの女性のうち、一人は元米海兵隊員だったという。

 海兵隊に所属していた者なら、いざというときのサバイバル訓練をうけていたのだから、こういう漂流という事態を冷静に受け止めて、生存するための行動をとることができたのだと思う。

 何事も、それに備える訓練をしておくことが必要だ。


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# by rockyj | 2017-10-30 22:17 | Comments(0)  

読書の秋に

  今、この本を予約しています 
 2017.10.28(土)台風接近中につき、小雨

  行楽の秋、食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋と楽しみ方はいろいろだが、何といっても読書の秋をあげたい。

 私の場合、毎週のように図書館通いをしているから、年がら年中、「読書の秋」だ。

 地元の大阪狭山市の図書館は、自宅にいながら、パソコンで図書館のHPに接続すると、蔵書リストを検索して、読みたい本の予約ができるから、とても便利だ。もっぱらここ1か月の新着図書を検索して、今年に出版された本を予約してきた。最大で30冊まで予約できる。

 今回、私の読書の内容を公開してみる。

  【今、借りている本】 

〇「福袋」 朝井 まかて  (講談社) 2017年6月20日発行 以下同じ

物語の 舞台は、江戸時代で、町人が主人公の話だ。8つの短編集で、一話が40ページほどだから、読みやすい。その中で、「晴れ湯」と「暮れ花火」が心に残る作品だった。
 
〇「中国『絶望』家族」一人っ子政策は中国をどう変えたか 
  メイ・フォン (草思社)

 内容が詳し過ぎて、文章も硬く、ほとんど飛ばし読みで終わった。

〇「日本の歴史を旅する」 五味 文彦 (岩波新書)

 【予約している本】(29冊)


〇「蜜蜂と遠雷」 恩田 陸 (幻冬舎) 4/20(予約した日)34人待ち

〇「言ってはいけない残酷すぎる真実」 橘 玲 (新潮社新書) 6/4  3人待ち

※「潮騒はるか」 葉室 麟 (幻冬舎) 6/20  1人待ち

〇「アンカー」 今野 敏  (集英社) 6/20   1人待ち

※「笑う執行人」女検事・秋月さやか 
   久間 十義  (KADOKAWA)  6/20  1人待ち

〇「ドクター・デスの遺産」 中山 七里  (KADOKAWA) 6/20 
2人待ち

〇「素敵な日本人」東野圭吾短編集 東野 圭吾  (新潮社)6/20 30人待ち

〇「ランニング・ワイルド」 堂場 瞬一  (文藝春秋社) 8/28
2人待ち

〇「院長選挙」 久坂部 羊  (幻冬舎) 9/11 28人待ち
  (作者は大阪在住のドクター)

※「希望が死んだ夜に」 天祢 涼 文藝春秋社) 10/17 1人待ち

※「別冊正論:29」 (日本工業新聞社) 10/25 1人待ち

※「暗闘七人」(八丁堀「鬼彦組」激闘篇 2」) 鳥羽 亮 (文春新書)
  10/26(以下同じ日に予約) 1人待ち

〇「関西ぶらり食の旅」 ぴあBook関西  13人待ち

〇「恨み残さじ」(空也十番勝負 青春篇 3) 佐伯 泰秀 
(双葉文庫)19人待ち

〇「鬼の家」 花房 観音 (KADOKAWA) 7人待ち

〇「マスカレード・ナイト」 東野 圭吾 (集英社) 101人待ち

〇「山あるきとハイキングを楽しむ本 関西版」 LMAGA MOOK 9人待ち

〇「翻弄」~盛親と秀忠~ 上田 秀人 (中央公論新社) 5人待ち

※「北朝鮮を撮ってきた」アメリカ人女性カメラマン「不思議の国」漫遊記
  ウェンディ E.シモンズ  (原書房) 1人待ち

〇「京都ゆとりの旅 第8版」 ブルーガイド 【実業之日本社) 2人待ち

※「わろてんか 上」NHK連続テレビ小説 吉田 智子(NHK出版)
 1人待ち

※「おんな城主直虎」NHK大河ドラマ 森下 佳子 (NHK出版)
  1人待ち

〇「老いの僥倖」 曽野 綾子 (幻冬舎新書) 6人待ち

〇「西郷の首」 伊東 潤  (KADOKAWA)  6人待ち

※「朝鮮半島はなぜいつも地獄が繰り返されるのか」~中国人ですら韓民族に関わりたくない本当の理由~  石 平  1人待ち

※「雪見船」(隅田川御用帳 11) 藤原 緋沙子 (光文社文庫)
 1人待ち

〇「教場:0 刑事指導官・風間公親」 長岡 弘樹 (小学館)
 18人待ち

〇「波濤の城」 五十嵐 貴久 (祥伝社) 8人待ち

〇「長いお別れ」 中島 京子 (文藝春秋社)2015年発行 10/27
1人待ち 

 上の予約リスト中、※印の本は、11月6日に貸出を受けている。本がたまってきたので、これから読書に励みたい。
 


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# by rockyj | 2017-10-28 10:30 | Comments(1)  

橿原市今井町

   寺内町 今井を歩く 
 2017.9.27(水)
 医療生協の日帰りツアーに参加してきた。
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 藤原京の跡地は広大な空間が広がる。朱色の円柱が立ち、ここに宮殿があったことを示す。
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 彼岸花がまだ咲いていた
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 奈良・明日香村の石舞台古墳
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昼食は2000円(?)の定食で、なかなか品数もあって、美味しかった。柿の葉寿司も1個だが、ついていた。

 その後、楽しみにしていた今井町の見学となった。
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 明治36(1903)年、高市郡教育博物館として建設され、昭和4年から今井町役場として使用された。現在は、今井まちなみ交流センターとなり、展示コーナー、映像シアターなどがある。

 ここで、今井町の歴史について、DVDを視聴して学習してから、地図を片手に寺内町巡りに出かける。

 【今井町の歴史】 

 今井町の成立は、戦国の世、天文年間(1532~1555)この地に一向宗本願寺坊主の今井兵部卿豊寿によって、寺内町が建設されたことによる。

 一向宗の門徒が、都市計画に基づき、今井に称念寺を建て、盗賊や大名などの攻撃に備えて、武力を養い、周辺に濠と土居を巡らせた。

 永禄11(1568)年、織田信長が足利義昭を擁して上洛すると、本願寺は反信長の旗を立て、今井もそれに呼応し、抵抗したが、本願寺の降伏に伴い、天正3(1575)年、明智光秀を通じて信長に降伏し、武装放棄する。信長から赦免の朱印状が下され、「万事大坂同前」として、自治特権を許された。

 その後、商工業都市として発展し、俗に「今井千軒」、「海の堺、陸の今井」と呼ばれるほどになり、江戸時代には南大和最大の在郷町となって、今井札(銀札)を発行するまでに栄えた。

 【今井町の町並み】

 今井町は、東西約600m、南北約310m、面積にして17,4㏊の地区内には、全建物数約1、500棟弱のうち、約500棟の伝統的建造物があり、全国で最も多い地区である。江戸時代のそのままのたたずまいと情緒を残していて、時代劇の撮影などにも使われる。

 平成5年、「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。国の重要文化財が9件、県指定文化財が3件、市指定文化財が5件ある。
 《守られてきた伝統を今に伝えるー奇跡の町 今井町》
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 高木家住宅(重要文化財・昭和47年指定)
 
 19世紀初頭ごろ、酒造業等を営んだ。二階建てで、一階二階とも2列6室型の部屋。正面通りの格子の精彩さ等は、幕末期の上層町家の好例。
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 当時、使われていた「かまど」
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 見通しがきかないように、筋違いになっている
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 旧上田家住宅(非公開)奈良県指定文化財
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 旧は上田家で、「壺八」の屋号で肥料・精米を商った。母屋は文化2(1805)年の再建。
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 汚水排水溝のふたは、瓦のデザイン 
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 音村家住宅(重要文化財・昭和47年指定)
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 「細九」の屋号で金物問屋を営む。17世紀後半ごろに母屋を建てた。
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 旧米谷家住宅(重要文化財・昭和47年指定)
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 「米忠」の屋号で広く金物商を営む。18世紀中頃の建物で、のちに内蔵や蔵前座敷を増築した。
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 とても珍しい蔵前座敷(奥にある土蔵の前に隠居部屋が造られていた)
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 富田林の寺内町でも見かけた、馬を繋ぐ金具が残っている
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 火事になっても延焼しないように、分厚く塗りこめられた壁
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 称念寺(浄土真宗)
 本堂は、江戸時代初期に再建された大規模な建造物。現在、改修工事中。
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 豊田家住宅(重要文化財・昭和47年指定)
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 旧は材木商「西の木屋」牧村家の所有で、幕末には大名貸しを行い、藩の蔵元等を務めていた豪商。建物は寛文2(1662)年に建設されたもので、今西家住宅と並び、今井町における上層町家の好例。

 建物の壁の右上に「木」をデザイン化した文字がレリーフとなっている。
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 今西家住宅(重要文化財・昭和32年指定)を通りから眺める
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 今西家の前には今も水をたたえた濠がある。
 今西家は今井町で3名いた惣年寄の筆頭を務めていた家。慶安3(1650)年に再建された民家だが、城郭のような構造で、別名「八つ棟造り」と呼ばれている豪壮な建物。
 武士の身分を許されたとき、今井の郷の西端に家があるということから「今西」という姓をいただいたのだという。
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 今西家の座敷は、いくつもの段の向こうにある
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 裁判も行われた広い土間(お白砂)向こう側の2階には、悪事を白状しない者を閉じ込めて、煙でいぶしたという部屋が2つ並ぶ。ハシゴで上がるようになっている。昭和初期まで土間の横に牢屋もあったという。
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 大きな建物を支える3本の梁は巨大だ

 (※建物の説明は、橿原市観光政策課が作成した「なら かしはら 今井町」のリーフレットより引用させていただいた)





 

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# by rockyj | 2017-10-19 11:18 | Comments(0)  

このドキュメント、優れている!

  『発見!ナチス略奪絵画』 
 2017.10.10

   NHKのドキュメント番組に「アナザー・ストーリー」というのがある。

 女優が進行役となって、いくつかのパートで物語を展開していくスタイルの番組だ。

 第二次世界大戦時のナチスによるユダヤ人迫害の一つに、ユダヤ人が所有していた財産を不当に略奪したことがあげられる。この番組で取り上げたものは、ユダヤ人から略奪した名画を追跡したものだ。

 なかなか優れた内容で、見終えた後、感動を覚えた。

 見逃した方のために、ごく簡単にストーリーを紹介したい。

 2013年、ミュンヘンのマンションの一室に税務担当者たちが捜索に入ったところ、室内から大量の絵画を発見した。この情報をドイツの週刊誌「FOCUS」の記者が聞き込み、調査を始めた。

 手掛かりは、所有者がかつてナチスの画商として有名だった「グルリット」の子どもだということだった。50年前の住民登録から母親の名前を見つけ、その住所を訪ねていくと、あるマンションの6階の角部屋にグルリットの名前があった。ここに子どもが住んでいる。

 2013年11月4日、週刊誌「FOCUS」にスクープ記事が掲載された。それまでこの出来事を公にしていなかった当局も、すぐに記者会見を開き、公表することとなる。

 マンションには1200点もの絵画が保管されていて、その時価総額は1300億円以上だった。絵画の大半は、ナチスがユダヤ人たちから略奪したものと考えられている。

 NY在住のユダヤ人のトーレンは、戦時中にドイツからアメリカに亡命してきた。
 彼の父親は、弁護士だったが、ゲシュタポに連行され、一度、帰宅を許されたとき、富豪の大叔父のところで、広大な土地をナチスに安くで売るように強制された。トーレンはその交渉の隣の部屋で父親を待っていたが、その部屋に掛けてあったのが「砂浜での乗馬」という名画だった。作者はMax Liebermannで1901年の作品。

 トーレンの父は、息子を助けるためにユダヤ人の団体に委ねて、アメリカに亡命させた。両親は強制収容所に送られて、殺された。ところで、番組では、トーレン一家の写真が出る。そこには姉も写っているのだが、この姉がどうなったのかについては触れられていない。

 トーレンはアメリカで裸一貫から弁護士として成功する。そして、今回の事件の絵画の中に、「砂浜での乗馬」が含まれていることを知る。

 彼は絵画の返還を求めて、アメリカの裁判所にドイツ政府を訴える。

 「かつて奪われたものを私たちが取り戻す」とトーレンの息子は語り,トーレンは「取り戻したい。これは正義のためだ」と話す。

 トーレンが名画の返還を求めてドイツ政府を訴えた裁判について、ドイツの新聞が大きく取り上げて、報道する。

 結局、ドイツ政府はトーレン一家にこの名画を返還することに同意した。

 「FOCUS」のスクープ記事が出てから6ヶ月後、画商の息子、コルネリウス・グルリットはマンションで高齢のために死亡した。彼は「全財産をスイスの美術館に寄贈したい」と遺書を残していた。現在、スイスのベルン美術館で、これらの絵画の修復作業が行われているという。この秋には、ドイツの国立美術館で、略奪された絵画を展示して、持ち主に返すという。

 現在、元の所有者に返還された絵画は、4点のみだという。担当者は、「時間をかけて、返したい」と語る。

戦時中にナチスドイツが占領した国々から略奪した絵画は、60万点に及ぶという。その中で,10万点が行方不明だという。

  《黄金のアデーレ》

 番組の中で、名画の返還を求めたものとして『黄金のアデーレ 名画の帰還』(2015年公開)という映画の題名がちらっと紹介されている。

 この映画は、オーストリア政府の所有で、ウイーンのベルベデーレ美術館に飾られていたグスタフ・クリムトの名画「黄金のアデーレ」をアメリカ在住の女性マリア・アルトマンがオーストリア政府に名画の返還を裁判で求めて戦った実話だ。

 この名画は、世界で最も高価な絵画だと評されているそうだが、マリアの伯母が肖像画のモデルだったのだという。

 同じように名画の返還を求めた裁判であるので、この映画を見てみたい。レンタル店にあるかどうか調べてみる。



 

 
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# by rockyj | 2017-10-14 17:07 | Comments(0)  

金剛登山

  もみじ谷を下っていく  
 2017.9.26(火)晴

   今回もひと月ぶりの金剛登山だ。
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 9:05 登りは河南町の青崩(あおげ)道を行く。先月の登山もそうだったが、このルートを下りに使うことが多いのだが、久しぶりに登ることにした。旧309号線の道路の右手にトイレがある。
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 20分ほど急な階段の道を登っていく
 登りきったところにあるベンチで一休みする
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 山頂広場の下まで登ってくると、トリカブトの青い花が咲いている
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 10:50 山頂広場に着く
 よく晴れていて、気持ちがいい
 隣のベンチに座っていた男性は、途中のセトの休憩ポイントで話をした方だった
 門真市在住の方で、午前7時に出発し、近畿道を走ってきたという
 まだ働いていて、大峯の奥駆道(おくがけみち)を何回かに分けて登っているという
 帰りはダイトレルートで下山するというので、葛木神社の先まで同行して、別れた

 《もみじ谷のコースで下山する》 
たまたまだが、もみじ谷から登ってきたグループの一行とすれ違った。本当は違うルートで下山するつもりだったが、もみじ谷を久しぶりに下ってみようと、コース変更となった。

 もみじ谷のコースは、5年ほど前に女性たちと登ったのだが、その時は道案内した方がルートを間違えてしまい、険しい谷を登るなど、大変な思いをしたことがあった。それ以来、このもみじ谷を歩いたことはなかった。

 11:30 今回、葛木神社の後ろから、急な下り坂を一気に谷へ降りていくと、赤いマーキングがあった。
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 11:45 下から谷を登ってきたときは、左の斜面に取りつくようになっている
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 11:49 もみじ谷旧本流との分岐点
 旧本流は左手だが、右手の本流を登っていくのが正しいルートとなる。前回はここで道を間違えてしまって、旧本流を登っていってしまった。
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 わかりやすい表示がつけてある。流れに沿って、下っていく。
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 第6えん堤
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 小さな滝がある
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 もみじ谷 ふた俣(また)
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 第5えん堤
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 えん堤の左側から降りるようになっているが、危ない地点だ。
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 黄色の花
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 もみじ谷は、沢の水が流れているこのようなところを何回も沢を横ぎりながら、下っていく。絶えず水音を聞きながら歩いていきます!

 梅雨の時や、大雨が降った後などは、水量が多く、危険なので歩くことはやめるべきです。
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 こちらは野菊
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 第3えん堤
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 第1えん堤
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 12:35 沢沿いに下っていくと、もみじ谷の入口に着く。
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 標柱にもみじ谷と書いてくれている。5年ほど前には、この表示はなかったように思う。
 前には林道がカーブしている。

 ここから少し林道を下っていくと、右手にダイトレコースの入口となる橋が見えてくる。

 金剛の水が湧き出している休憩ポイントでザックを下ろして、冷たい水を飲んだ。

 ここから青崩道の入口までは林道を20分歩き、次に旧309号のアスファルト舗装道路を15分ほど歩いて下っていく。

 路傍に咲いている花々を撮影する
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 彼岸花
13:45 青崩道の入口に帰り着く。

 もみじ谷のコースを確認できたので、11月ごろに下から谷を登っていきたい!!

 富田林市に向けて車を走らせると、途中の河南町に大きなスーパー「オオクワ」ができている。地元の人々にとっては、日常の買い物がとても便利になったことだろう。この辺りに彼岸花が咲いていたので、スーパーの駐車場に車を入れて、しばらく撮影のために歩き回る。あと4,5日早ければきれいな色彩だったと思われた。
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 13:15 稲も黄金色に輝き、刈り取られるのも間近だ
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 14:00 バス道路沿いにある田のあぜに咲く彼岸花
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 今回はもみじ谷を歩くことができたし、彼岸花の撮影もでき、とても有意義な山旅となった。 



 
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# by rockyj | 2017-09-28 10:20 | Comments(1)  

テレビからの情報

  百歳以上の方々の食生活に学ぶ 
 2017.9.23

   今日は「秋分の日」なので、国旗を玄関前の門扉に掲揚した。因みに敬老の日は、以前は9月15日と決まっていたのだが、現在は第三月曜日となり、三連休を構成している。

 数日前の夜にテレビ(4ch)を見ていたら、百歳以上のご老人百名に対する食生活のアンケート調査を発表していた。なかなか面白い内容だったので、一部を紹介する。

 

 ◎週に3日以上食べているものは何か
 


 ①豚肉
 スタジオの回答者は、ほとんどが「牛肉」と答えていたが、私はこれは「豚肉」だと直感した。
 豚肉にはビタミンBが多く含まれているという。

 ②豆腐

 ③鶏肉

 ④サケ
 サケにはアスタキサンチンという老化防止の成分が含まれているという

 ⑤キャベツ
 これにもファイトケミカルという老化防止の成分が含まれている。スープやみそ汁に入れると、この成分を吸収できるという

 ⑥納豆
 
 ⑦ヨーグルト

 ⑧リンゴ

 ⑨サバ

 ⑩梅干し

 野菜ではキャベツがよく食べられている。生で食べるのもいいが、やはり熱を通した方が老化防止の成分が吸収できるというから、私の場合、豚肉とともにラーメンに入れて食べることが多い。

 朝食がご飯の時には、豆腐の味噌汁と必ず納豆を食べている。ヨーグルトも以前は全く食べることはなかったのだが、この頃はイチゴジャムを入れて、甘くして食べ始めている。

 リンゴは果物の中で大好物だ。今朝も半分、いただいた。

 こうしてみてくると、私の食生活の習慣も悪くはないように思う。
 ◎食事を一日に三回食べているか  

 ・三食食べている  98名

 これらのご老人方は、1916年以前の生まれであるから、きちんと三食を食べる習慣が子供時代からできていたということだ。

 

 ◎いつも飲んでいるものは何か
  


 ①温かい緑茶

 ②牛乳

 ③水

 ④コーヒー

 ⑤乳酸飲料(ヤクルトなど)

 飲み物の好みは、生育環境や時代、年齢によっても異なると思われる。私の場合、コーヒーを美味しいと思って飲み出したのは、大学生ぐらいではなかっただろうか。そうはいっても貧乏学生だったから、喫茶店で飲むという贅沢なことはしなかったのだが。もっぱら家にあるインスタントコーヒーだった。

 酒の味を覚えたのも大学の時だ。焼酎、ウイスキーなどが中心だったが、友人の部屋で2,3人で飲んだウイスキーは美味しかった!

 ところで、このご老人方は、やはり「緑茶」を毎日、朝、昼、夜と飲む方が多いようだ。私の場合は、朝食はパンが多いので、飲み物はミルクを入れた紅茶かスープだ。そして、食後にはホットコーヒーになる。2回に一度はインスタントではあるけれど、ドリップ・コーヒーを入れて楽しんでいる。

 週に1,2回のご飯の時は、あとで熱いほうじ茶をいただくことにしている。

 健康維持のために食生活は大事である。この調査結果を参考にして、百歳とは言わないが、長生きを目指しましょうか!




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# by rockyj | 2017-09-23 11:09 | Comments(0)  

トランプ大統領

  ロケットマン 
 2017.9.21(木)

 20日、アメリカのトランプ大統領は、国連総会の一般討論演説に初めて登壇し、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮について、次のように述べて強く警告した。

 「アメリカには大いなる強さと忍耐がある。しかし、もし自国や同盟国を守らざるを得ないなら、北朝鮮を完全に破壊すること以外には選択肢がなくなる。

 ロケットマンは、自身と自らの体制にとって自殺行為に走っている。アメリカは準備万端だが、その必要がなくなることが望ましい」

 ロケットマンとは、いうまでもなく北朝鮮労働党委員長の金正恩(キムジョンウン)をやゆして呼んだものだ。トランプ大統領の本領発揮というところだ。

 「破壊」という言葉を聞いた国連総会の会場には、どよめきが起こったという。

 トランプ大統領は、この演説の中で北朝鮮の非人道的な行為を列挙する中で、

 「北朝鮮が自国のスパイに日本語を教えるために、13歳の愛らしい日本人少女を浜辺から拉致したことを我々は知っている」と述べて、横田めぐみさん(52)を念頭に、北朝鮮による日本人拉致事件を厳しく非難している。

 国連総会の一般討論演説で、北朝鮮による日本人の拉致事件が取り上げられたのは、これが初めてではないだろうか。

 安倍首相も、今回、演説の中で拉致事件を取り上げているが、世界中の首脳と外交官たちの前で北朝鮮による日本人の拉致事件が語られたことの意義は、きわめて大きいと私は考える。

 拉致被害者の家族会の方々が先月、ワシントンを訪れてホワイトハウスで担当者に面会し、「北朝鮮をテロ国家として再び指定してほしい」と要望を伝えたとき、担当者は「大統領は、日本人の拉致問題については、詳しく知っている」と述べていた。

 トランプ大統領が国連総会の場でこの問題を取り上げてくれたことに私は敬意を表したい。

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# by rockyj | 2017-09-21 11:06 | Comments(0)