孫たちと旅する

  立山・黒部アルペンルートの旅 
 2017. 8.6(日)~7(月)
e0057262_1139395.jpg

  立山・黒部アルペンルートは、標高3000m級の峰々が連なる北アルプスを貫く世界有数の山岳観光ルートである。

 1971(昭和46)年6月1日に全線が開通した。
e0057262_11403817.jpg

 総延長が37,2km、最大高低差は1,975mで、そのほぼすべての区間が中部山岳国立公園内にある。飛騨山脈、立山連峰を貫き、黒部ダム、室堂などのいくつもの景勝地を通る。

 今回は、読売旅行東京営業所主催の一泊二日のツアーに参加してきた。東京駅発着で、一日目は北陸新幹線で佐久平駅まで乗り、そこからバスで移動して、長野県側の大町市「扇沢駅」(標高1433m)から富山県側の「立山駅」(標高475m)まで、6つの乗り物を乗り継いでいく。

 二日目は宿舎の白馬栂池温泉郷からバスで宇奈月駅に移動し、黒部渓谷鉄道のトロッコ列車の旅を楽しみ、往復して宇奈月駅から佐久平駅に移動して、再び北陸新幹線で東京駅へ帰っていく。

  8月6日(日)

 AM6:30 集合は東京駅八重洲北口改札口前。その前にコンビニで朝食にサンドイッチとコーヒー、昼食用として三色弁当を買い込んだ。孫たちは美味しそうなパンだった。
e0057262_11375661.jpg

 6:52発 北陸新幹線 「あさま601号」
e0057262_1144241.jpg

e0057262_11444288.jpg

 佐久平駅のコンコースには地酒の菰樽がずらりと並ぶ

  【アルペンルートのスタートは扇沢駅から】


e0057262_108040.jpg

 トロリーバスに乗って、黒部ダムへ
e0057262_10113657.jpg

 200段ある階段を登って,展望台へ
e0057262_10124161.jpg

12:03 展望台から眺める黒部ダム
e0057262_1014376.jpg

 巨大な山容が迫ってくる
 展望台から付けられている非常階段を下りていくのだが、手すりはつけてあるが、かなりの高度感があって、結構、スリルがある
e0057262_10185350.jpg

 ダムからの観光放水は、ミスト(霧)状になっていて、落下する地点の底を損傷しない工夫をしているという
e0057262_102140100.jpg

 ダムサイトを散策する。端の方にクロヨンダムの建設で犠牲になった人々の慰霊の彫像がある
e0057262_10235914.jpg

 ダムの背後にそびえる山々
e0057262_10245319.jpg

 ダムの中心地点はここです
e0057262_10254610.jpg

 ダムサイトから眺める放水
 迫力満点‼

e0057262_10265819.jpg
 
 集合時刻の13:00まじかとなったので、黒部湖駅へ向かう
e0057262_10285978.jpg

e0057262_10292781.jpg

e0057262_10295292.jpg

 ここからのアルペンルートの案内図がある
e0057262_10304949.jpg

 ケーブルカーが近づいてきた
e0057262_10345285.jpg

e0057262_10363057.jpg

 トンネルの中に吸い込まれていく
e0057262_10371775.jpg

 まもなく終点の駅の黒部平だ
 ここで出発までしばしの休憩タイム。屋上に出て北アルプスの山々や、大観峰の駅などを眺めた。
 黒部の水も飲んでみた。冷たい‼
e0057262_10402574.jpg

e0057262_10394653.jpg

 北アルプスの山々
e0057262_10382112.jpg

 北アルプスの写真が掲示されている
e0057262_10425337.jpg

 これからいく大観峰の駅が遠くに見える
e0057262_104571.jpg

e0057262_10454593.jpg

e0057262_10472743.jpg

 大観峰駅からは、トロリーバスで室堂駅へ
e0057262_10595148.jpg
 
14:45 有名な室堂の湧き水をいただく
e0057262_1113151.jpg

 こちらは登山者の一行が霧の中を歩いて行く。目的の山は劔岳だろうか、それとも立山三山かな。
 室堂はは百名山の登山で、何度も訪れたところなので、懐かしい
e0057262_1152664.jpg

 15:28 バスで霧の中を美女平を経て、立山駅へと下山していく

 途中、晴れていれば称名(しょうみょう)の滝が見えるのだが、今日は無理だった
e0057262_11102618.jpg

 17:05 立山駅から宿泊する白馬栂池温泉郷へ
 19:20 予定の8時よりは早く着いたfが、入浴は食事の後となった。

 (この項、続く)




[PR]

# by rockyj | 2017-08-12 11:28 | Comments(0)  

金剛登山

  5月以来の金剛山へ 
 2017.7.27(木)
e0057262_102921.jpg

  7月1日からの北八ヶ岳の天狗岳登山の時も、雨が降ったりして、トレーニングで金剛山に登ることができなかった。

 あれからほぼひと月ぶりに金剛山へ。

 実は昨日に登るべく、準備をしていたのだが、朝6時前に外に出ると、小雨が降っていたので、様子を見ていたら、7時前頃から雨脚が激しくなってきたので、登山は中止とした。

 大きな予定が吹っ飛んだので、仕方なく、午前中はブログの北アルプスの山小屋の記事を書き足したりした。

  27日(木) 
 午前7時、予定の時刻に車で出発。

 河内長野の観心寺の前を通って、小深地区へ。ここの気温は23℃と表示が出ている。ここから山道に入り、トンネルを抜けると千早赤阪村だ。いつもお世話になるババ谷の駐車場に入れる。早い時刻なので、管理人の姿は見えない。

 車道を歩いて、金剛山ロープウェー前のバス停まで行く。いつものようにまずトイレを利用し、簡単に準備のストレッチを行う。

 8:00 念仏坂を歩き始める。10分ほどで念仏坂からすぐに左手につけてある階段の道に入り、ジグザグの文殊尾根の登山道を登っていくが、たちまち汗が吹き出てきた。昨日の雨の後なので、かなり湿度が高い。

 15分ほど我慢して上がると、尾根にある休憩ポイントだ。しっかり、汗を拭き、水を飲んだ。

 9:15 山頂に着く。気温22度だから、麓とあまり変わらない。
 金剛錬成会の捺印所で尋ねると、昨日の朝はかなり雨が降り、9時にようやく止んだという。やはり、登山を中止した判断は正しかった。
e0057262_1053729.jpg

 大阪方面の空も晴れ間が広がってきている
e0057262_1053378.jpg

 展望広場に咲く花々
e0057262_10535264.jpg

 広場のベンチで、コーヒータイム。よもぎ饅頭を美味しくいただいた。
e0057262_1165568.jpg

 境内に咲くホタルブクロ
e0057262_1174199.jpg

 登山道に咲くキツリフネソウ

 あとのランチタイムの予定があるので、このあと往きと同じく文殊尾根を下り、途中からババ谷へと急な坂を下っていく。木の根が多く、注意しながら下りていく。終点にある水場で、ザックを下ろし、タオルを濡らして、しっかり顔の汗をぬぐった。とても気持ちがいい。

 駐車場にもどると、ちゃんと管理人が待っているので、300円支払った。「コゴセユリが咲いていますね」と話をする。

 来る途中で見つけたヤマユリを撮影しようと、帰る途中で登山口の下にある駐車場にちょっと車を入れさせていただき、車道の脇の崖に咲いているヤマユリを見つけに行く。

 地元の人々は、金剛山をコゴセと呼んでいるところから、このヤマユリを「コゴセユリ」と呼んで大事に保存している。

 咲いている場所は、登山口バス停から車道を引き返して、民間の駐車場のさらに先に下った斜面の一帯であり、毎年、同じ場所に咲く。
e0057262_1135595.jpg

e0057262_1141215.jpg

e0057262_1142855.jpg

e0057262_1145893.jpg

 4輪も集まって咲く姿は、とても華麗といっていい

  《Big Joe富田林店でランチ》

e0057262_1185332.jpg

 牛肉のステーキ 生姜の黒酢ソース
e0057262_11133226.jpg

 野菜サラダ

 パンまたはライス、ソフトドリンク付きで1050円也

 私はライスとホットコーヒーをいつも頼む。登山の後、ここでのご褒美としてのステーキを味わい、ゆっくりとした時間を過ごすのが楽しみだ。

 《「NHKのど自慢」のデータ》


 市役所に用事があり、秘書グループに市長あての書類を届けた。ついでに「のど自慢」について、どれだけの応募があったのか、尋ねてみた。

 観覧者の応募数 4,089通 → 当選 442通 (一枚で2名入場できるので、882名) 当選倍率は9,2

 出演者の応募数 1,439組 → (書類選考で250組に絞る) → 20組
  (前日に4時間半かけて、20組を選んだ)

 応募者の中でNHKの受信料を払っていない人を「落選」としたのではないかと尋ねたが、それはしていないという答えだった。ただし、応募者などのデータは、NHKに渡しているので、受信料を払っていない方には、後日、お願いの手紙が届くことになるだろうということだった。

 Apollobeagleさんが寄せていただいた「受信料不払い者を落選にはしない」というコメントが正しかったです。私の考え過ぎでしたので、ここで訂正させていただきます。

 毎日、猛暑が続きます。水分補給をしっかり行って、健康の維持に努めましょう‼






[PR]

# by rockyj | 2017-07-28 10:03 | Comments(0)  

北アルプスの山小屋から

  夏の北アルプス 山小屋大縦断‼ 
 2017.7.22(土)
e0057262_1195342.jpg

  NHKBSプレミアムが北アルプスの3つの山小屋からの中継で、トレッキングや小屋番おすすめの場所を紹介するという。

 『日本百名山』を紹介する番組は、これまでも録画して必ず見てきたが、一つだけ残念なことは、ガイドとNHKのスタッフとが宿泊したはずの山小屋については、全く紹介しなかったことだ。例えば、山小屋での食事のことや、山小屋の歴史などについてである。30分という枠の中で放送するために、山小屋まで取り上げることは難しかったのかもしれないが、5分くらいでも紹介していただきたかった。

 今回の中継番組では、北穂高岳や奥穂高岳の登山基地であり、秋の紅葉で有名な涸沢(からさわ)にある「涸沢ヒュッテ」、燕(つばくろ)岳をまじかに眺める「燕山荘(えんざんそう)」、七倉岳の近くにある「船窪(ふなくぼ)小屋」の3つの山小屋を紹介している。このことは、登山について全く知らないという視聴者にとっては、山小屋がどういうところに建てられていて、内部はどのようになっているのかを手に取るように紹介することになるので、私はNHKはとてもいい企画を立てたと感心した。
e0057262_11225326.jpg

 涸沢(からさわ)は北穂高岳や奥穂高岳の登山基地

 上高地からここまで6時間かかる。
 【涸沢ヒュッテ】 
e0057262_11255179.jpg

 左から池田伸子アナ、ヒュッテの主人の山口 孝さん、山岳ライター 小林千穂さん
e0057262_11291374.jpg

e0057262_11293761.jpg

 涸沢ヒュッテの展望テラスでは、登ってきた登山者が名物のおでんと生ビールでくつろいでいる。
 【船窪小屋~囲炉裏とランプの山小屋】
e0057262_10553159.jpg

 小屋は七倉岳(2509m)の稜線に建つ
e0057262_10555810.jpg

 ドローンで撮影したと思われる小屋の全景写真
e0057262_11104182.jpg


 三つの中で「船窪小屋」の名前を初めて知ったので、小屋がどこにあるのか、山の地図帳で調べてみた。

 裏銀座コースは、高瀬ダムから日本三大急登のブナ立て尾根を登っていき、烏帽子(えぼし)小屋へ上がるのだが、高瀬ダムに行くまでに七倉山荘の先で、七倉尾根に分け入り、これも急登の道を登ってたどりつくのが、『船窪小屋」だった。小屋までの往路6時間、復路が4時間とある。

 この登山ルートは、百名山に登るルートではないので、私も知らなかったのである。NHKもよくもこんなへんぴな場所にある山小屋を取り上げたものだと感心した。

 船窪小屋のHPによると、昭和29(1954)年に先代の福島宗市氏により建てられた。しかし、翌年の2月、宗市氏は冬の小屋の状態を見に、七倉沢より入山するが、雪崩に巻き込まれて亡くなる。

 その遺志を18歳の娘の寿子さんが引き継ぎ、助けを借りながら小屋の営業を始める。昭和36年、宗洋氏と結婚し、夫婦で働く。電気、水道がなく、囲炉裏とランプの山小屋だ。定員は50名。

 北アルプスの絶景と星空の美しさ、湧き水の美味しさが小屋の特長という。

 今年、息子が後を引き継いでくれることになった。
e0057262_11111981.jpg

 酒場詩人としてテレビでお馴染みの吉田 類氏が小屋を訪ねた。
 
 小屋の前に吊るしてある鐘は、創業以来のもので、大変な登山道を登ってきた登山者をねぎらい、次の目的地に向かって、安全を祈念するものという。
e0057262_11114577.jpg

e0057262_11165042.jpg


 【燕山荘(えんざんそう)】

 「燕山荘」は表銀座コース上に建つ山小屋で、650名が泊まれる大きな山小屋だ。
e0057262_11285191.jpg

 大正10年に建てられた。小屋の主人である赤沼健至(けんじ)さんは、「80年以上も前の、人間の肩で担ぎ上げた木で建てられたもの」と語る。
e0057262_11205626.jpg

 目の前にそびえる燕岳(つばくろだけ)は、「アルプスの女王」と言われるほどきれいな山で、自然の造形美の多い岩がおもしろい。そして、花の王国だとも。

 赤沼さんがトレッキングの初心者である にわ みきほさんを燕岳へ案内していく。燕山荘からは片道30分ほどで登れる山だ。
e0057262_11202929.jpg

e0057262_11212839.jpg

隆起した花崗岩が浸食されて、固い岩だけがそそり立っている。イルカ岩と名付けられた岩も有名だ。

 (山頂にて)

 「赤沼さん、すごくいい山ですね」

 「(燕岳は)北アルプスで初めて登る方、非常に多い山なんですよね。そして、それから北アルプスが好き、山が好きになる山で〈初恋の山〉と言われているんですね」

 「初恋の山ですか。それはどういった山ですか?」

 ※赤沼さんは、今登った〈つばくろだけ〉が、登山者から北アルプスが好きになるきっかけを作る山となったという意味で、〈初恋の山〉と語ったのだが、にわさんにはピンとこなかったみたいだった。

 そこで、〈初恋の山〉が通じなくて、びっくりした赤沼さんは、次のように言葉を足す。

 「今、言ったように、北アルプスで初めて登って、それで本当に山が好きになっちゃった山、最初の山、これが〈初恋の山〉です」

 「ロマンチックですね」

 「ここは、ロマンチックな山なんです」



[PR]

# by rockyj | 2017-07-24 11:32 | Comments(0)  

のど自慢がやってきた‼Part.2

   のど自慢を見に行く  
 2017.7.16(日)

  SAYAKAホールで行われるNHKのど自慢を地元の老人会の方々6名で見に行ってきた。

 指定した循環バスで合流し、市役所へ。10時前に着いた。

e0057262_1005969.jpg

 会場のSAYAKAホール
e0057262_101468.jpg

e0057262_102529.jpg


 ホールの中では、すでに座席引換券をもらう人々が行列をつくっているので、そこに並んだ
e0057262_1032883.jpg

e0057262_103518.jpg

 3枚の当選ハガキを出し、6枚の座席指定券をもらう
e0057262_1045428.jpg

 T列は後ろの中央だったが、ステージからは少し遠かった
e0057262_106446.jpg


 11:00からホールの中へ入場が始まる

 入口を入ると、ロビーでのど自慢のさまざまなグッズ類が並べられていて、販売されている
e0057262_1083816.jpg

e0057262_1085724.jpg

e0057262_109162.jpg

e0057262_1093651.jpg

e0057262_10103657.jpg

 会場内でNHKのスタッフが着用しているTシャツも販売中

 11:45 NHKからの主催者の挨拶
e0057262_1013972.jpg

 11:49 大阪狭山市長 古川照人氏の元気はつらつとした挨拶

 4000通を超える応募の中から、400組が観覧者に当選したのだという。ということは、競争率は10倍だったわけだ。

 この後、スタッフから拍手の仕方の指導がある。
 
 出演者の応援の人々について、一組ずつカメラで座席と名前を確認しながら進めていく
 横断幕やうちわにメッセージをかいたものなどがあった。これに15分ほどかかる。
e0057262_10201825.jpg

 12:05 小田切アナが登場し、出演者20組も舞台に2列に並び、前列のメンバーにアナが声をかけていく
 1500組の応募から250組が選ばれ、昨日、4時間半にわたり、予選が行われた
 《12:15 生放送が始まる》
e0057262_10221333.jpg

 ゲストの紹介(大川栄策と川中美幸) 以下、テレビの画面からも紹介する
e0057262_1023123.jpg

 大阪狭山市の紹介(ホールの中には映像は流れず、アナウンスのみが聞こえた)
e0057262_10234744.jpg

 大野ブドウの紹介
e0057262_10241999.jpg

e0057262_10244286.jpg

 1番手は山口百恵の歌を女子高生が歌った。振りも上手につけていたが、入賞できず
e0057262_10283123.jpg

 入賞トップは、大阪市からきた14歳の中学2年生
 氷川きよしの演歌「箱根八里の半次郎」を歌い切った。将来は演歌の歌手を目指すという。
e0057262_1030951.jpg

 大阪狭山市でカラオケグループを主宰しているという80歳の男性

 大川栄策のデビューからの大ファンで、「おんな川」を歌う
e0057262_10312811.jpg

 後ろの席で横断幕も張られて応援されたが、残念ながら入賞できず
e0057262_1032535.jpg

 大学4年生の二人組も「潮騒のメモリー」を歌ったが・・・。
e0057262_10332940.jpg

 地元で美容師をしている女性は、ミュージカルが大好きだという。見事な歌いっぷりで入賞‼
e0057262_10352388.jpg

 これも大学生の二人組が入賞

 高校時代のフォークソング部の仲間だという
e0057262_10363757.jpg

 子どもたちに出場を勧められたというお父さんがやしきたかじんの「やっぱ、好きやねん」を歌って見事に入賞した

 このお父さんが本日のチャンピオンに輝いた‼
e0057262_10373688.jpg

 71歳という女性が最後に入賞を果たした
e0057262_10483032.jpg

 川中美幸の歌
e0057262_1049353.jpg

e0057262_10493230.jpg


 《生放送が終わってから》


 13:00 生放送が終わると、小田切アナもリラックスして、ますます絶好調。
 
 はじめにチャンピオンとなったお父さんが、もう一度、「やっぱ好きやねん」を熱唱して、拍手を浴びた。

 次に川中美幸が登場し、さすが大阪出身だけあって、話が面白い。客席に父親の写真を胸に抱いている人を見つけると、すぐに尋ねて、その方が川中美幸のファンだったということを聞き出した。

 そのあと、「亡くなるということは、これは順番だからね」とさらりとひとこと述べて、笑わせた。

 そして、ここで、「二輪草」を歌った。この歌が聞きたかった。

 次は、大川栄策だったが、私たちは送迎バスをまたせていたので、ここで残念だったが、会場を後にして、食事会の場所へ移動した。

 結局、食事会には16名もの会員が集合し、和やかに懇談した。のど自慢の報告もさせていただいた。

 今回の老人会の企画にご参加いただき、感謝申し上げます‼


 
[PR]

# by rockyj | 2017-07-17 10:38 | Comments(1)  

かっぱ寿司で食べ放題

  かっぱ寿司 
 2017.7.13(木)

 回転寿司の店は、いろいろあるが、かっぱ寿司は私の住む町にはないので、入ったこともない。

 ネットの記事によると、かっぱ寿司は2013年2月期から3期連続で最終赤字を計上し、14年には親会社のカッパ・クリエイトがコロワイドに買収されて以来、事業の立て直しを図っているものの、17年3月期も最終赤字に転落したということだ。(Business Journal)

 かっぱ寿司の食べ放題は、次の通り。

 〇 期間 6月13日(火)~7月14日(金)午後2時から午後5時まで

 〇 店舗 全国で20店舗のみ

 〇 時間は70分、ドリンクバー付き

 〇 料金 男性 1,580円、女性 1,380円,小学生 780円、小学生未満は無料
   シニア(65歳以上) 980円(いずれも消費税は別)

e0057262_11231747.jpg

 かっぱ寿司 美原店

 全国20店舗のなかで、美原店は車で15分程でいけるので、出かけてみた

 午後1時過ぎに店に入り、「食べ放題希望」と伝えると、「カウンター席なら2時から入れます」とのことで、カウンター席にしていただき、141番の整理券をもらい、店内で本を読みながら待つ。

 次第に店は食べ放題希望の客で、入り口付近が混み始めた。6人ほどのグループで来ている女子高校生もいる。学校はテスト期間中なのだろうか。

e0057262_1130114.jpg

 午後2時5分に席に案内され、3時15分までと言われる。

 寿司の注文は、タッチパネルで行うことになっているが、初めてなので、戸惑ってしまい、茶わん蒸しを3つも注文してしまった。結局、2つはいただき、あとは断わった。
e0057262_1132082.jpg

 かなり寿司を食べてしまったので、そろそろデザートを注文しようかという頃に撮影した。

 この時点で、寿司15皿、茶わん蒸し 2つ、あおさの味噌汁 1つをいただいている。
e0057262_11344651.jpg

 二つ、デザートに注文したものの一つ(果物?) 

 お腹いっぱいになり、満足して家路へ向かう。

[PR]

# by rockyj | 2017-07-14 11:40 | Comments(0)  

のど自慢が我が町にやってくる

  「NHKのど自慢」を見に行こう 
 2017. 7.9(日)

  私の住む町である大阪狭山市は今年、市制施行30周年を迎える。そこで大阪狭山市は記念事業として、7月に「NHK のど自慢」、8月にこれもNHKの「巡回ラジオ体操」を行うことにした。

 のど自慢の公開放送は、堺市、河内長野市、富田林市ではこれまでに行われているが、大阪狭山市では初めてである。

 今年度、地域の老人会(双葉会という名前)の「歩こう会」の部長をしてくれと会長に頼まれた。歩こう会といっても、高齢化が進んでいるから、たとえば河内長野市にある「花の文化園」を見に行き。帰りに楽しく食事会をすることくらいかなと考えていたところだ。もちろん、歩かずにバスを利用することになる。

 そういう矢先に、市の4月の広報誌で、「のど自慢」の観覧者の募集を知った。観覧希望者は、大阪狭山市役所に往復はがきで応募するのだという。

 そこで、双葉会の歩こう会の企画として、市の事業に協力して、のど自慢を観覧し、そのあと、食事会を行うこととして、募集した。会員54名の中で13名の申込みがあった。
e0057262_1023317.jpg

 (のど自慢 観覧会と食事会の案内)
 できるだけ、当選の確率を高めようと、堺と千葉県市川市に住む孫の名前でも書き、計4通を出した。往復はがきで注意しなければならないことは、6月から葉書の料金が10円UPとなり、62円となることだ。往復はがきの締切は6月13日なので、5月中に投函する場合でも、返信用葉書には10円切手を貼付しなければならないのである。なぜならば、市役所で6月13日に締め切った後、抽選が行われ、返信はがきはそれ以後に発送されるからである。

 返信用葉書は、私の予想では締め切り後、一週間くらいで配達されるのではと考えていたのだが、これは少し甘かった。実際には7月1日に届いたようだ。1日から2日にかけて、登山にでかけていたので、帰宅した2日の夜に当選の葉書を見て、とても嬉しかった‼
e0057262_16262155.jpg

(市役所から届いた当選したはがき)
 この間、市役所ではNHKの受信料未払者のチェックなどを行っていたようだ。あとで、知ったのだが、千葉の次女宅はNHKの受信料を払っていなかった‼したがって、落選の通知が届いていた。次女の話では、都市部では2割くらいが未払いだという。それにしても、次女が受信料未払いだということを前もって知っていたら、2通の往復はがきは出さなかったのにと残念だった。堺の孫も落選だった。当選の確率は25%だ。

 双葉会の会長は8通の往復はがきを出したのだが、すべて落選して、ショック状態だった。
 
 結局、申し込み者の中で当選した方は、私を入れて3名で、1枚の当選ハガキで2名参加できるので6名が観覧会に行けることになった。落選された方は、午後からの食事会に参加していただくことになる。
e0057262_1035520.jpg

 (観覧会には参加できないが、食事会に参加する方への案内)
 7月16日(日)の「のど自慢」の様子については、Part.2でお知らせしたい。
 
[PR]

# by rockyj | 2017-07-09 15:42 | Comments(1)  

北八ヶ岳 天狗岳

   黒百合ヒュッテに泊まる山旅 
 2017. 7.1~2

  日本百名山の山旅は、昨年の10月で無事に終えたが、やはり、山小屋に泊まる山旅は、まだまだ続けていきたい。

 ということで、パステルの『北八ヶ岳・天狗岳』のツアーに申し込んでおいた。

 6月は近畿地方は梅雨入りしたというのに、2週間ほど雨が降らない「空梅雨」だったが、下旬から天候不順となり、トレーニングで金剛山に出かけるタイミングを失ってしまった。

 日々のウオーキング程度の運動量で、今回のツアーに出かけることとなった。

  7月1日(土)


 大阪駅桜橋口にAM7:15の集合だったが、5分遅れて到着する。集合時刻に遅れることは、2日前に会社に電話を入れていたのだが、環状線の福島駅に電車が着いた時に携帯が鳴り、添乗員からの電話だった。

 集合場所で添乗員に「会社には遅れますという電話を入れていたのだが」と話すと、「聞いていませんでした」との返事だった。ほかの客は既にバスに乗車していた。

 隣の男性は、阪急の仁川(にかわ)に住んでいて、10年前に百名山は終えたという78歳の方だった。

京都の竹田からのお客を乗せて、添乗員からあいさつがあった。今回は男性13名、女性10名の計23名で、女性が少ないというのは珍しいとのこと。添乗員は若い人と、年長者の女性二人。こちらの組み合わせの方が、私は初めてだった。

 現地ガイドは駒ケ根SAから乗り込んでくる。

 高速道路を諏訪インターで下りて、長野県茅野市に入り、ここから渋の湯の先にある「奥蓼科(たでしな)温泉郷」をめざして、ぐんぐん高度を稼いでいく。

 
e0057262_1126314.jpg

 アルピコバス 渋の湯線の終点のバス停
e0057262_11263684.jpg

 バスを降りて、登山の準備をする。雨はまだ降っていなかったので、雨具はつけなかった。
 14:20 登山開始。5つのグループに編成して、私は3班に入る。休憩ごとに班の順番が入れ替わっていく

 予定では、「渋の湯」の登山口から約3時間で、山小屋に着く
e0057262_1127851.jpg

 「渋御殿湯」は1880mの高所にあり、千年の歴史のある旅館だという。武田信玄公が戦で傷付いた傷病兵を治癒したと伝わる名湯。

 昭和28年に発掘された新湯「渋長寿湯」は、泡立ちのする特殊噴泉で、入浴の快さは他に比類なきものと記されているという(「渋御殿湯」のHPより)
e0057262_112828.jpg

e0057262_11282719.jpg

 激しい流れの川を渡って、登山道に入っていく
 昨日はかなりの雨が降っていたようだ
e0057262_11333212.jpg


e0057262_6402536.jpg

 登山道は結構、大きな石がごろごろとあり、石の上に乗ったり、横を通ったりしながら行く。
 やがて、木を渡した木道もあちこちにあり、濡れているので、滑らないように気を付けながら登っていく
e0057262_6414925.jpg

 16:50 登山道を水が激しく流れ下っていく
e0057262_6422486.jpg

 16:52 濡れた石で滑らないように注意しながら、さらに登っていく
 《黒百合ヒュッテ》 
e0057262_643843.jpg

 17:00 宿泊する「黒百合ヒュッテ」に到着した。

 標高2,400mの黒百合平にあり、この山小屋は、今年、創業60周年を迎えるという。

 小屋のHPによると、イベントとしてミニ・コンサートをするのが伝統なのだという。

 7月8日(土)アンデス高原の笛・ケーナの夕べ

 8月19日 フルートとギターの夕べ

 9月9日 ジャズの夕べ と予定が記されている。

 小屋は通年営業、素泊まり5,300円より、一泊二食付き8,300円より、となっている。

 かつては宿舎の周囲は、黒百合が群生して咲き乱れていたが、鹿の食害でほとんど全滅の状態となったという。
e0057262_11314580.jpg

 テント泊の登山客もいる

 ストレッチを入念にしてから、宿舎に入る。2階の大広間が今夜の寝場所だ。

 雨に濡れた雨具、帽子、汗ふきタオル、手袋、スパッツ等を乾燥室に吊るし、ザックから必要な品物を取り出して、2階の大広間に持っていき、自分の寝場所を確保した。ザックは2階の寝場所に持ち込みは禁止となっていたので、不便ではある。
e0057262_6495696.jpg

 17:30 夕食 メインはハンバーグだったが、あまり食欲が湧かなかった
e0057262_6501814.jpg

 《山小屋の情景》

e0057262_6524870.jpg

e0057262_6532230.jpg

 「黒百合」の文字は、京都の書家の書いたもの
e0057262_6543522.jpg

 マッキンリーに消えた登山家の色紙
e0057262_945972.jpg

e0057262_6553326.jpg

e0057262_6562140.jpg

 高名な山岳写真家 白籏氏の大きく引き伸ばした山の写真もある


e0057262_6583864.jpg

e0057262_659093.jpg

e0057262_6594534.jpg

 酒飲みには、心にしみいる名言
e0057262_704223.jpg

e0057262_73349.jpg

 小屋番頭として働く青年を撮らせていただいた
e0057262_712448.jpg

 朝食の用意が整った食堂
e0057262_721783.jpg

 5:30 朝食 これは完食した
e0057262_754670.jpg

 早朝のヒュッテの建つ黒百合平の情景
e0057262_76347.jpg

 出発を待つツアー一行
 この後、準備運動をしていざ出発‼
e0057262_965368.jpg

 ミツバオーレン
e0057262_973018.jpg

 イワカガミ
e0057262_983363.jpg

e0057262_991145.jpg

e0057262_994697.jpg

 8:09 東天狗岳は岩稜の山頂だ
e0057262_911396.jpg

e0057262_912897.jpg

 8:33 西天狗岳(2646m)
 一面、ハイマツの平坦な山頂
e0057262_9134313.jpg

e0057262_9141392.jpg

 8:56 下山のルートは、急な下りで、しかも石がごろごろとある危険なところだった
e0057262_916669.jpg

e0057262_9163024.jpg

 9:05
e0057262_9171176.jpg

 9;28
e0057262_9175523.jpg

 10:56 分岐地点で休憩する
e0057262_9184683.jpg

 11:52 西天狗岳の登山口、唐沢鉱泉に下りてきた
e0057262_9201186.jpg

 唐沢鉱泉は趣のある宿舎だ

 前にある川で、登山靴の靴底の泥を洗い落とし、雨具のパンツを脱ぐ

 この後、バスに揺られて日帰り温泉へ向かい、二日間の汗を流した。休憩室で飲むビールは、実に美味しかったです‼

 《まとめ》

 百名山の一つである主峰、赤岳を擁し、硫黄岳を含めて、荒々しいイメージがある南八ヶ岳に比べると、美しい原生林と白駒池、みどり池、雨池などの湖沼が広がる北八ヶ岳は、女性的なイメージがある。

 北八ヶ岳の山小屋も黒百合ヒュッテ、オーレン小屋、山びこ荘、しらびそ小屋、白駒荘、麦草ヒュッテとたくさん点在している。今回の山旅では、黒百合ヒュッテにとまったのだが、また、いつか、さらに北八ヶ岳の温泉巡りをしてみたい。

 夏沢峠には、夏沢鉱泉と本沢温泉があるし、天狗岳登り口の渋の湯、下山口の唐沢鉱泉、さらに渋川温泉、横谷温泉、乙女滝温泉などと、茅野市には多くの温泉が湧き出している。



 自宅には午後9時過ぎに帰り着く。いつもよりも1時間早かったのはありがたかった‼

[PR]

# by rockyj | 2017-07-04 11:29 | Comments(2)  

小林麻央

  市川海老蔵、記者会見 
 2017.6.24(土)

   堺市に住む長男には、4歳と1歳の男の子供がいる。夫婦共働きで、建売住宅を購入して、頑張っている。嫁の両親が近くに住んでいて、2人の孫を夕方、保育所に迎えに行ってくれている。保育所に預けている子どもの体調がよくないと、こちらに子守りの依頼が来る。

 先週の14日(水)は、下の弟の子守りに午後1時に着くように頼まれた。到着して、出勤する嫁とバトンタッチ。ちびちゃんは幸いなことに寝ていた。2時過ぎに目覚めてからが、なにかと大変であった。ちびちゃんにしてみると、月に一度、会うか会わないかのメガネのじいさんがいるのだから、びっくりだ。まず、ひとしきり泣いた。このあと、抱いてあやしながら、お茶を飲ませてあげたり、ゼリー状のものをスプーンで口に入れてあげたりと、がんばりました。夕方の風に当たって涼もうと、家の外に抱いて出たりもしてみた。ようやく、午後5時に寝付いてくれて、やれやれ。

 22日(木)の午後からは、今度は上の子供の子守り。熱さましシートをおでこにはりつけていて、出勤するママとは泣いて、泣いて「ママがいい」と言いながら、泣き寝入り。なんと夕方の5時半まで眠り込んでいました。よっぽど疲れていたのだな。おかげでしっかり読書ができた。

 昨日(23日)も引き続き、もう一度、上の子供の子守りに早朝から車で出かける。熱もなく、とても元気に回復している。日曜日にノロウイルス全快の医師の診断書をもらわないと、保育所に行けない。4歳だから、大阪弁でよくしゃべるので、会話が楽しい。上の子は自分でTVも操作できるから、怪獣物を喜んで視聴していた。夕方、近くの店まで,おやつを買いに一緒に出かけた。

 【海老蔵の会見から】
 
  夕方、パパが帰ってくるまでテレビを見ていると、市川海老蔵の記者会見が始まった。妻の小林麻央が22日(木)の夜に亡くなったのだという。知らなかった。

 (以下の会見の言葉は、録画した番組から書き出したもの)

 「これは不思議な話ですけれど、息を引き取る瞬間を見ていました。その時に、『愛してる』と言って。(涙)彼女が・・・そのひとことを言って(涙)、泣いちゃいますよね。そのひとこと。『愛してる』と言って、そのまま旅立ちました」

 海老蔵はそう言って,再び、涙を手で拭った。ハンカチを彼は用意していなかったようだった。

 その直後、信じられない質問が前列の女性記者から投げかけられた。

 「この愛してるという言葉は、麻央さんがちゃんと受け止めたように見えましたか?」

 違うでしょ‼あなたこそ、この厳粛な場面を述べた海老蔵の言葉をきちんと受け止めていなかった‼
 海老蔵が言ったのではなく、麻央さんが「愛してる」と言ったんだよ。新聞か、週刊誌か、テレビ局のリポーターかは分からないけれど、もう少し、人の話をしっかりと聞き取ってほしいものだ。聞いていて、無性に腹が立ったのは、私だけではなかっただろう。

 このトンチンカンな質問は、当たり前のことだったが、以後、放送された各放送局の小林麻央の特集番組では、カットされていましたよ。

 海老蔵もすぐに次のように切り返した。

 「いや、僕が言ったわけではなく、彼女が旅立つ間際に『愛してる』の(る) が聞こえたか、聞こえなかったかわからないけれど、『愛してる』と言って、麻央は旅立ちました」

[こんなに愛されていたのは、よくわかっていたんですけど、最期の最期まで愛してくれていたことに(涙)何とも言えませんね(涙)」

 《100人の社会に影響を与えた女性の一人に選ばれる》


  小林麻央は、2016年、イギリスの公共放送BBCから「社会に影響を与えた100人の女性」の一人に選ばれている。日本人としては、初めてだ。

 既成概念を破り、闘病中のブログが多くの人々に、勇気を与えたことが選ばれた理由だった。

 小林麻央はBBCに寄せた文章に、次のように述べている。

 「私は闘病をBlogで公表し、自ら、日向に出る決心をしました。私が怖れていた世界は、優しさと愛にあふれていました。

 人の死は病気であるかにかかわらず、いつ訪れるかわかりません。例えば、私が今死んだら、人はどう思うでしょうか。

 「まだ34歳の若さでかわいそうに」
 「小さな子供を残し、かわいそうに」でしょうか??

 私はそんなっふうには思われたくありません。なぜなら、病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないからです。

 私の人生は、夢をかなえ、時に苦しみもがき、愛する人に出会い、2人の宝物を授かり、家族に愛され、愛した色どり豊かな人生だからです。

 だから、与えられた時間を病気の色だけに支配されることは、やめました。




 小林麻央には姉の小林麻耶(37)がいる。この2人は実に仲がいいという。けんかは麻耶が中三の時に一度、しただけだという。この時は麻央が姉のアイスキャンデーを食べたことからだという。

 姉の麻耶は著書「まや道」で、「麻央ちゃんのためなら命も差し出せる」と書いているという。また、妹もこの本に寄せた手記で「生まれ変わっても、姉の妹がいい」と書いているそうだ。

 麻央にとって宝物だった二人の子ども、長女の麗禾(れいか)5歳、長男の勘玄(かんげん)4歳がいる。会見では、2人の子どもへの思いも切々と 語っていた。

[PR]

# by rockyj | 2017-06-24 11:49 | Comments(1)  

天皇の退位を実現する法律

  天皇陛下の退位、2年後に実現‼ 
 2017. 6.10(土)
e0057262_11204754.jpg

(ヤマツツジ)
  昨年の8月8日、天皇陛下がビデオメッセージの形で、退位の意向をにじませたお気持ちを国民に述べられた。これを聴いて、私も天皇陛下の直面されている老いと様々な公務との関わりについて、そのお気持ちをよく理解することが出来た。

 政府が急いで作った有識者会議は、先に結論ありきの会議ではあったが、皇室についての学者等から意見を聴取する作業をし、話し合われたその内容は公表された。

 有識者会議の提言を参考にしつつ、国会が天皇陛下の退位を実現するための法案作成に取り組み、6月9日午前、参議院本会議で自由党を除く与野党の全会一致で法案が可決、成立した。

 天皇の終身在位を定めた明治以降で初めてで、江戸時代後期の光格天皇の退位以来、約200年ぶりの天皇の退位が実現することになる。
e0057262_11191334.jpg

 (天野街道に咲くササユリ)
 【天皇の退位等に関する皇室典範特例法】 

 (趣旨)
第1条 この法律は、天皇陛下が昭和64年1月7日の御即位以来、28年を超える長期にわたり、国事行為のほか全国各地への御訪問、被災地のお見舞いをはじめとする象徴としての公的な御活動に精励してこられた中、83歳と御高齢になられ、今後これらの御活動を天皇として自ら続けられることが困難となることを深く案じておられること、

 これに対し、国民は御高齢に至るまでこれらの御活動に精励されている天皇陛下を深く敬愛し、この天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感していること、

 さらに、皇嗣である皇太子殿下は57歳となられ、これまで国事行為の臨時代行等の御公務に長期にわたり精勤されておられること、

 という現下の状況に鑑み、皇室典範第4条の規定の特例として、天皇陛下の退位及び皇嗣の即位を実現するとともに、天皇陛下の退位後の地位その他の退位に伴い必要となる事項を定めるものとする。

 (天皇の退位及び皇嗣の即位)

 第2条 天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位する。

 (上皇)

 第3条 前条の規定により退位した天皇は、上皇とする。

 (上皇后)

 第4条 上皇の后は、上皇后とする。

 (皇位継承後の皇嗣)

 第5条 第2条の規定による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族に関しては、皇室典範に定める事項については、皇太子の例による。


e0057262_1120321.jpg

(八ヶ峰に咲く花)
  〈解説〉
 〇皇位継承は皇室典範で定めるとした憲法第2条との整合性をとっていること。

 皇室典範の第4条には、「天皇が崩じたときは、皇嗣が直ちに即位する」と定められている。そこで、特例法は附則第3条を設けた。

 「皇室典範の一部を次のように改正する。附則に次の一項を加える。

 この法律の特例として天皇の退位について定める天皇の退位等に関する皇室典範特例法は,この法律と一体を成すものである。

 〇皇位継承の理由を「崩御」に限るとしている皇室典範に特例を位置づけたこと。

 〇退位の時期については、特例法の附則 第1条にある。

 「この法律は公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する」

 皇族のほか、首相ら三権の長でつくる皇室会議の意見を聴いて、政令で定める。特例法は来週中に公布される予定だ。

<退位はいつになるのか>

報道されているところでは、2018年12月23日は天皇誕生日で祝賀の行事がある。12月25日は大正天皇が逝去された日で、皇居で祭祀が行われるという。

 したがって、国民生活への影響を最小限にするため、12月26日から31日までの間に皇太子殿下が天皇に即位されるのではないかとみられている。新しい元号は、その時に公表され、2019年1月1日から新元号が使われることになるという。


 2年後には新しい天皇陛下が誕生されることになるだろう。



 


[PR]

# by rockyj | 2017-06-10 10:13 | Comments(0)  

今も残る名建築物

  京都の名建築を見て歩く 
 2017. 5.28

 図書館にある週刊誌、「週刊新潮」と「週刊文春」の二誌を行くたびに愛読している。

 4月になって「週刊新潮」に《続「蒼穹から名建築」》というモノクロ写真を掲載したページがあることに気づいた。

 ここに京都の名建築が連載されていた。「蒼穹から」と題されているように、ヘリか飛行機から撮影されたと思われる建物の全景をとらえた航空写真が毎号、掲載されていて、下に建物について解説がある。

 京都と奈良は、太平洋戦争では米軍の爆撃を免れて、歴史的に価値のある建築物が残された。これにはアメリカの学者の意見が取り入れられたものだろう。

 早速、京都の名建築を取り上げた新潮の4月から連休後までの各号を予約した。

 京都なら日帰り旅で見に行くことができる。

 そして、その機会は早くも訪れる。「海北友松展」を見に行くことになったからだ。

 【日本聖公会 聖アグネス教会】

 (京都市上京区烏丸通下立売角) 
e0057262_1073684.jpg


 平安女学院が大阪からこの地に来て3年後の1898(明治31)年、英国国教会の流れをくむ日本聖公会の聖堂として完成した。

 設計者のJ.M.ガーディナーは、立教大学の元校長。当初は三位一体(さんみいったい)の神を表す「聖三一大聖堂」と言ったが、現在残る名称は学院の英語名「St.Agnes School」にちなむものだ。

 聖アグネスとは、乙女の守護者とされている。
e0057262_10484372.jpg

e0057262_10373120.jpg

 ゴシック様式のレンガ造り。左手の方向が真南で、南西角にはとがり屋根をのせた八角形の洗礼室が張りだしている。

 私の写真は、広大な京都御所側から撮影したもので、教会との間の道は行幸道路だった烏丸通(からすまとおり)で、南に直進すれば京都駅だ
e0057262_10473325.jpg

 入口は北西の隅にあり、北東には三層の鐘楼が立つ
e0057262_10481662.jpg

 右奥の白い建物は、平安女学院中学高校
e0057262_10572385.jpg

 鐘楼の最上層は、飾り格子のトレサリー窓、中層は円形のバラ窓と切り替えられていて、単調に陥らない工夫が見られる


 【京都府庁 旧本館】


 (京都市上京区下立売通)
e0057262_1125287.jpg

 設計は府技師の松室重光で、着工した1901(明治34)年には、彼はまだ28歳の若さであったという。竣工は1904(明治37)年。

 ルネサンス様式の外観は、正面の一段高くなった屋根を中心に、左右両翼に対称に張りだした形となっていて、西洋近世の大邸館をほうふつとさせるものがある。

 国の重要文化財  平成16(2004)年12月10日指定
 〈一般公開〉 

 火曜日から金曜日、土曜日(第1週、3週、5週)10:00~17:00
  無料
e0057262_11275027.jpg

 昭和46年まで府庁本館として使われていて、現在も執務室として使用されている。現役の官公庁舎で、創建時の姿をとどめているものとしては、国内で最古の建物である。 

 【京都ハリストス正教会 生神女(しょうしんじょ)福音聖堂】

 (京都市中京区柳馬場通)

 ギリシャ正教の西日本における布教活動の拠点として、1901(明治34)年に着工し、1903(明治36)年に完成した。

 最古級の本格的ロシア・ビザンチン様式による正教会の聖堂。

 堂内に三段で構成される帝政ロシア時代のイコノスタシス【イコンによる間仕切り)がある。
e0057262_111574.jpg

 設計は京都府庁舎を手がけた松室重光。
 
 1901(明治34)年、生神女福音聖堂が建設される
e0057262_11264846.jpg

 玄関、啓蒙所、聖所、至聖所が一直線に並んで、聖所を中心にして、平面的に教会全体が十字架の形をしている。

 建設当時は、周りには建物もなく、広々とした敷地に建てられたと思われるが、現在はマンションや民家に周囲をすっかり取り囲まれてしまっている

e0057262_11173433.jpg

 玄関上に高さ22mの鐘楼がそびえる。
e0057262_1118462.jpg

e0057262_11183357.jpg


 【京都国立博物館】

 (東山区茶屋町527)

 宮廷建築家の片山東熊の設計によるレンガ造り平屋建て。片山は赤坂離宮、奈良国立博物館本館などの設計をした。

 1892(明治25)年6月、着工し、1895(明治28)年10月に竣工した。開館は1897(明治30)年。
e0057262_11421173.jpg

e0057262_1143549.jpg

 堂々とした構えを見せる国立博物館の本館の全景。フレンチルネサンス様式。大小11の展示室から成る。

 耐震改修計画のため、当分の間、閉館中。
e0057262_114432100.jpg

 こちらが正門である

 正門を出て、あらためて本館を眺める。それにしてもこの正門の見事さも素晴らしい。しばし、この場で見入ってしまった。

 海北友松展は三十三間堂の前にある脇の通用門から入場して、通用門から出るようになっていた。
 この正門からも出ることができるのだが、多くの人々は通用門へと帰っていくので、この正門の美しさに気づかないのは、とてももったいないことだ。


 

   
[PR]

# by rockyj | 2017-05-28 10:07 | Comments(0)